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| ゲーテ&シラーの像と国民劇場 |
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バッハの最初の職場、ワイマールです。この時は第2領主のヨハン・エルンストに仕えましたが短い間でアルンシュタットへ移ってしまいました。しかし5年後の1708年に再び、今度は第1領主のヴィルヘルム・エルンストの宮廷オルガニスト兼宮廷楽師として暮らしました。この頃のワイマールは、領主2人で共同して治めるという不思議な統治形態だったようです。バッハが2回目にやってきた時は、黄色い城(ヴィルヘルムスブルク、火災で焼失後ゲーテによって再建され現在は美術館)に第1領主のヴィルヘルム・エルンスト、赤い城(現在は緑色に塗られて警察署)に第2領主のエルンスト・アウグストが住んでいて、この2つの建物はほとんど向かい合って建っています。
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| 工事中のヴィルヘルムスブルク |


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そのすぐ近くにゲーテが運営したドイツ古典主義中央図書館、国立リスト音楽院、そしてメンデルスゾーンやワーグナー、トルストイも泊まったというホテル・エレファントが並んでいます。バッハの住居もそのあたりだったようで、ヴィルヘルム・フリーデマンとカール・フィリップ・エマヌエルはここで生まれています。今は銘板がかかっているのみです。 これらに囲まれた広場にはゲーテ時代の領主カール・アウグスト大公の像があるはずだったのですが、工事中で柵に囲まれている上、像自体がどこにも見当たりませんでした。バッハ像も行方不明でした。
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右がリスト音楽院、 左がドイツ古典主義中央図書館 |
バッハが住み、長男と次男が生まれた旨の銘板 |
ホテル・エレファントの勝手口 象の紋章です |


| さすがにゲーテやシラーなどの文豪を生んだ土地というか、落ち着きのある高貴な雰囲気で、いかにも文化都市って感じでした。道歩いてても車は歩行者に道を譲ってくれるし、いい人ばかりです。東洋人も結構いました、観光客ではなくここで暮らしているような。フルートらしき楽器ケースを持ってた人もいたので、リスト音楽院への留学生ですかね。こういう雰囲気の中で学べるなんて素晴らしいですね。 |